民法改正により債権の消滅時効が変わりました

(神奈川総合法律事務所だより2020年8月発行第61号に掲載した記事です。)

 使用者の義務違反によって労働災害(労災)が発生した場合、労災保険による補償とは別に、使用者には、被災労働者に対する損害賠償責任が発生します。この使用者の損害賠償責任には、債務不履行に基づく責任と不法行為に基づく責任の2種類があります。

 使用者が労働契約上、労働者の生命・身体・健康を保護すべき義務(安全配慮義務)を負っているのに、その義務を履行せず、それによって労災が発生した場合、債務不履行に基づく損害賠償責任が発生します(民法415条)。

 また、使用者の故意又は過失により労災が発生した場合、不法行為に基づく損害賠償責任が発生します(民法709条)。使用者が雇っている者の故意又は過失により労災が発生した場合にも、使用者には、不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償責任が発生します(民法715条)。

 債務不履行に基づく損害賠償責任と不法行為に基づく損害賠償責任は、同時に発生することが多いです。

 さて、ここから時効の話をします。

 これまで債務不履行に基づく損害賠償請求権は、10年間行使しないときは消滅するとされ(旧民法167条1項)、不法行為に基づく損害賠償請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないときは、時効によって消滅するとされてきました(旧民法724条)。そのため、不法行為に基づく損害賠償請求権について3年間の時効期間が過ぎていても、債務不履行に基づく損害賠償請求権について10年間の時効期間が満了するまでは、まだ損害賠償請求できるというケースが沢山ありました。

 ところが、平成29年に民法の債権編を中心とする改正法が成立し、一部の規定を除いて2020年(令和2年)4月1日から施行されたことにより、消滅時効の期間については、これまでと異なる注意を払うことが必要になりました。この改正は多岐にわたっていますが、債権の消滅時効についても改正が行われ、次のようになりました。

第166条
 債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
 一 債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき。
 二 権利を行使することができる時から10年間行使しないとき。
 (第二項以下省略)

第167条
 人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効についての前条第一項第二号の規定の適用については、同号中「10年間」とあるのは、「20年間」とする。

第724条
 不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
 一 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないとき。
 二 不法行為の時から20年間行使しないとき。

第724条の2
 人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効についての前条第一号の規定の適用については、同号中「3年間」とあるのは、「5年間」とする。

 以上の新法の規定を、債務不履行及び不法行為に基づく損害賠償請求権にあてはめると、次のようになります。

  1.  債務不履行に基づく損害賠償請求権は、権利を行使することができる時から10年間(人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の場合は20年間)行使しないときは時効により消滅するが、それだけでなく、債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないときにも、時効により消滅する。
     
  2.  不法行為に基づく損害賠償請求権は、不法行為の時から20年間行使しないときは時効により消滅するが、それだけでなく、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間(人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の場合は5年間)行使しないときにも、時効により消滅する。

 つまり、労災のように人の生命又は身体が侵害された場合、①債務不履行に基づく損害賠償請は、旧法では、行使できる時から10年間は時効消滅しなかったのに、新法では、債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないときには、時効により消滅してしまい、②不法行為に基づく損害賠償請求権は、旧法では、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないときは、時効によって消滅するとされていたのが、新法では同じ時から5年間行使しないときは、時効によって消滅することになりました。

 使用者の義務違反によって発生した労災の場合、このように、新法の下では、不法行為に基づく損害賠償請求権の時効期間が5年間に伸びたものの、債務不履行に基づく損害賠償請求権は、債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないときには、時効により消滅しますので(行使できる時から10年経たないうちに時効消滅することがあるということになり、この点が旧法と異なります。)、注意が必要です。

 なお、債務不履行や不法行為の時期が2020年4月1日より前である場合、損害賠償請求権の時効について、旧法と新法のどちらが適用されるのかという問題があり、この点については改正法附則というものに規定がおかれています。具体的に問題に直面している方は、弁護士にご相談ください。

 以上、労災を例にして、民法改正による損害賠償請求権の消滅時効の変更点を説明してきましたが、これは医療過誤による損害賠償請求権にもあてはまります。