医療事故調査・報告の制度が10月から始まります

医療法の一部改正による医療事故調査・報告制度の開始

 2014年、「地域における医療及び介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律案」が可決され、医療法の一部が改正されました。

 これにより、医療法第6条の10以下に、医療事故調査・報告制度が定められました。

 この制度は、平成27年(2015年)10月1日から施行されます。
 http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000061201.html
 
 この制度の目的は、医療事故が発生した医療機関において院内調査を行い、その調査報告を厚生労働大臣が指定した第三者機関(医療事故調査・支援センター)が収集・分析することで、再発防止につなげ、医療の安全を確保することであるといわれています。

制度の対象となる医療事故とは

 この制度の対象となる医療事故は、「当該病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であつて、当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかつたものとして厚生労働省令で定めるものをいう。」と定められています(医療法第6条の10)。
  つまり、対象となる医療事故は、「死亡又は死産」に限定され、さらに、(1)医療に起因し、又は起因すると疑われること、(2) 病院等の管理者が予期しなかったことが必要です。何をもって管理者が予期しなかったとするかは、厚生労働省令で定められます。

  これを受けて、厚生労働省令である医療法施行規則は、その第1条の10の2で、次の(1)から(3)のいずれにも該当しないと管理者が認めた「死亡又は死産」が、管理者が予期しなかった「死亡又は死産」であると定めました。

(1) 病院等の管理者が、当該医療が提供される前に当該医療従事者等が当該医療の提供を受ける者又はその家族に対して当該死亡又は死産が予期されることを説明していたと認めたもの 。

(2) 病院等の管理者が、当該医療が提供される前に当該医療従事者等が当該死亡又は死産が予期されることを当該医療の提供を受ける者に係る診療録その他の文書等に記録していたと認めたもの。

(3) 病院等の管理者が、当該医療を提供した医療従事者等からの事情の聴取及び医療に係る安全管理のための委員会(規則第1条の11第1項第2号の委員会)からの意見の聴取(当該委員会を開催している場合に限る。)を行った上で、当該医療が提供される前に当該医療従事者等が当該死亡又は死産を予期していたと認めたもの。

    かなり複雑な定め方ですが、要するに、①事前に、患者または家族に対し、死亡または死産が予期されることを説明していた場合、②事前に、死亡または死産が予期されることを、診療録その他の文書等に記録していた場合、③医療を提供した医療従事者等が、事前に、死亡または死産を予期していた場合は、いずれも管理者が予期しなかった「死亡又は死産」に該当しないが、それ以外の場合は該当するということです。

 ③については、医療従事者等からの事情聴取を行い、医療に係る安全管理のための委員会を開催している場合は、同委員会からの意見聴取を行った上で、判断することになっていますが、このやり方次第では、「合併症だった」とか「原病が進行した結果だった」として、事前の説明や診療録等の記載がなくても、医療従事者等が死亡または死産を予期していたとの認定が濫発され、結局、「死亡又は死産」のほとんどのケースで、この制度が使われないという事態になることが懸念されます。

医療機関による調査・報告の流れ

 対象となる医療事故が発生した場合、医療機関は、次のことを行います。

(1) 事故発生について、遺族に説明し、第三者機関である医療事故調査・支援センター(以下「センター」といいます)へ報告する。

(2) 必要な調査の実施(院内調査)。

(3) 調査結果について、遺族に説明し、センターへ報告する。

センターの業務

 センターは、医療機関が行った調査結果の報告に係る整理・分析を行い、医療事故の再発の防止に関する普及啓発を行います。
 
 また、医療機関が「医療事故」としてセンターに報告した事案について、遺族又は医療機関がセンターに調査を依頼した場合、センターが調査を行うことができます。
 この調査依頼は、医療機関の院内調査が終了する前でもできますし、後でもできます。
 センターは、この依頼に基づいて調査を行い、その結果を医療機関及び遺族へ報告します。

遺族に対する院内調査結果の説明方法

 医療機関が院内調査結果をセンターに報告する際の報告事項は、医療法施行規則第1条の10の4第2項に定められ、報告書に記載して提出すると定められています。
 院内調査結果を遺族に対して説明する際の説明事項は、センターへの報告事項と同じであることが、同条第3項に定められています。

 このように、センターへの報告事項と同一の事項を遺族にも説明するのですから、両者の乖離・齟齬が生じないように、あるいは恣意的な違いを生まないために、遺族が報告書の交付を希望しないなど特段の事情がない限り、センターに提出する報告書を遺族にも交付して説明が行われるべきだと思います。

 遺族に対し報告書を交付すべきか否かについて、医療法施行規則には規定がありませんが、平成27年5月8日の厚生労働省医政局長通知は、「遺族への説明については、口頭(説明内容をカルテに記載)又は書面(報告書又は説明用の資料)若しくはその双方の適切な方法により行う。」とし、「調査の目的・結果について、遺族が希望する方法で説明するよう努めなければならない。」としています。

 医療事故調査・報告制度は、医療の安全と質を向上させようとする制度ですが、それは医療従事者のために作られたわけではなく、国民全体がこれによって医療の安全と質の向上を享受できるような公益的制度として作られています。
 医療に起因し、又は起因すると疑われる事故により亡くなった患者は、国民全体にとっての医療の安全と質の向上という公益目的のために、自分の生命を提供したことになり、センターへの報告書に記載された原因分析及び再発防止に関する情報は、患者の生命と引き替えに獲得できた情報だということができます。
 したがって、この制度の対象となる医療事故の患者は、医療の受益者という立場にとどまらず、医療の安全と質の向上に貢献した者という立場も有することになります。
 医療というものは、多くの患者から得られた臨床情報に基づいて進歩していくものなので、患者は知らないうちに多かれ少なかれ医療の向上に貢献していることになりますが、この制度の対象となる患者は、医療に起因し、又は起因すると疑われる事故により亡くなった患者ですから、そこから得られる原因分析及び再発防止に関する情報の意味は重く、医療の向上への貢献度は通常よりも遙かに高いはずです。

 そうすると、遺族が希望すれば、遺族がこのような患者の貢献によって得られた情報(報告書)を受け取ることができると考えるのが、道理というものです。
 前記の厚生労働省医政局長通知が「調査の目的・結果について、遺族が希望する方法で説明するよう努めなければならない。」としているのは、当然のことといえます。

 遺族は、遠慮することなく、説明方法について希望を述べ、医療機関が報告書の交付に消極的な場合でも(医療機関にとって有利な内容であれば、医療機関は積極的に交付するでしょうが、そうでない内容の場合は、交付に消極的になることが予想されます。)、報告書の交付を求めればよいと思います。

(※) 上で紹介した医療法施行規則の条文が実際に施行されるのは、平成27年(2015年)10月1日からです。